世界中の人がとても親切


スリランカのコロンボで忘れ物をした。


海外に行くならよくある話ではあるけれど、忘れ物といっても、このときは私にとって最大の忘れ物だった。


旅には片時も離せない必需品がぴっちりと入った小型のケース。


詳しく話すことにしよう。


だいたいこういうケースとか、手帳とか、万年筆、ボールペンなどに凝るくせが私にはある。


万年筆、ボールペンの類は、今のところイタリアのオーロラというのが気に入っているし、手帳はエルメスのを常用している。


バッグ類もエルメスの物が多いが、この忘れたケースも、わざわざエルメスに注文して作らせた旅専用のものだった。


大きさはちょうど新書版の本ぐらいの大きさで、三方つづきのファスナi付き、だからこのファスナーを開けると左右に開いて、そこに旅に必要な物がすべて入る。


まず中央の背にあたると乙うにボールペン・オーロラが差してあり、その陰にイニシャルが金の刻印で打ってある。


右側は縦に四段にポケットが切ってあり、中央から通貨、旅行小切手、名刺、そして最後は二つに仕切ってあって、クレジットカード、と、これらもフランス語で金の刻印が打ってある。


左手は三段。


右からパスポート、札、硬貨入れ(ここだけはファスナーが付いている)になっていて同じように刻印入りである。


さらにこれ全体が二重になっていて、上部から出し入れできるから大きな書類はこの中へ入れられる。


また、上部には提手がついているから持ちやすいし、つくった時には高価いなと思ったが、二十年も重宝して使っていると、高価いどころか、いい物を買ったという満足感でいっぱいだった。

コインが五つ

パスポートコントロールの先に、どこの空港でもこの待合室があるが、旅をしていて、飛行機に乗る前のこの待合室でのいっときほど、心の休まるときはない。


あとはただ、案内のアナウンスを待って、目ざす飛行機に乗ればいいのだから。


このときも前が前だけに、戦い終わっての兵士みたいな心境だった。


まだ小銭は握ったままだった。


そういえばこの小銭はスーヴニールだから、ちゃんとバッグの中へしまっとかなくちゃと、手のひらを広げた。


べっとりと汗のついたコインが五つか六つ手のひらの中にある。


その五つ六つをはがすようにして、つまみ上げた。


その下に、これまたぺたっと汗でついた何やらがある。


コインをとり除いてよく見たら、こまかくたたんだ紙幣が一枚、よく広げてみたら、なんと先刻あの運転手に渡した最後の一枚の札ではないか。


とすると、先刻、確かに彼の手に渡したはずのものが、ここにあるとすれば、わかった、そういえばその札を渡したとき、彼は両手でこまかくたたんでいた。


それをポケットに入れて、こんど小銭を私にあわてて渡したとき、ついこの札もいっしょに私にくれてしまったのだろう。


汗にぬれた手に、紙だからくっついたのかもしれない。


こんどは急に、あの運転手が気の毒になった。


けさからの不愉快な思いはすっ飛んでしまっていて、いまはただゴメンネという気持ちでいっぱいだった。


そして日本へ帰ってきてからも、その海外旅行先だったダカールの札を見るたびに、あのときの彼の黒い顔と白い歯を想い出すのである。


前回の続きです(´ω`)

道々、変なところへ行くのではないかと心配したのだが、確かに見覚えのあるダカール空港に着いた。


やれやれここまで来ればと、こんどは度胸を据えて、ゆっくり荷物も降ろさせた。


時間もたっぷりある。


さて金を払う段になった。


残された一枚の札、これで空港のポーターもまかなうつもりだった。


それでも小銭は残るはずで、その小銭はいつものようにして日本ヘスーヴニールにして持ち帰るつもりであった。


この際、相手がどうあろうと出さないわけにはいかず、そのなけなしの札をさし出した。


思いなしか、彼がニヤリと笑ったようだった。


いやな予感だった。


そのままその札をポケットに入れようとした彼に向かって、「チェンジ」と強く言った。


その大声にちょっとひるんだようだったが、それでも傲慢ともとれる顔をして、知らんぷりをした。


さらに大声で「チェンジ」と叫んだ。


まわりの連中がこっちをふり向いたようだった。


ここぞともう一声「チェンジ」、これがきいたのか、ポケットの中へ手を突っこむふりをした。


そのうちにまわりに二、三人の男が立ってわれわれのやっていることをじっと見ていた。


運転手はそれに気がついて、少なからずあわてはじめたようだった。


ここぞと、とどめの一声、ただしこんどのはドスのきいた低い声で、「ギブミーチェンジ」ちょっとていねいに言ってやった。


彼はポケットの中からいくらかの小銭を出して私の手に握らせると、そそくさとハンドルをつかんで飛ぶようにして行ってしまった。


まあ、くれりゃいいさと、その小銭を握ったまま、その中からポーターにもちゃんとチップを渡し、無事チェックイン、そしてゆったりと旅客待合室の椅子に腰をおろしたのである。


海外ツアーでも気を抜かないようにしようと思った出来事だった。

ダカール最後の日、

海外旅行でダカール最後の日、午後の飛行機なので午前中街へ出た。


そして昼ごろホテルへ帰った。


そのタクシーがまたいけなかった。


ホテルの前で、言い争って、チップを投げるようにして部屋へ帰ってきたのである。


時間もギリギリなので、早々に昼食をして支払いをすませ、フロントでタクシーを頼んだ。


ホテルで支払いのとき、このタクシー代を計算に入れて、なおかつ空港でのポーターのチップも考え、これはいつもの習慣でちゃんと一枚の札を残した。


ロビーで待っていると、タクシーが来たと知らせてきた。

タクシー代

海外に行くならと、一軒家になったホテルに泊まったことは、いかにもアフリカらしくてよかったのだが、街まで遠いのが玉にきずで、往復は不本意ながらタクシーに頼らねばならなかった。


別にとりわけここのタクシー代が高いとか、車がきたないというわけではないが、なにしろいつも降りるとき、チップでもめるのである。


フランス領だったことで、十パーセントもやればいいと思ったが、なかなかどうしてこれでは彼らは納得しない。


小銭のあることを見てとるとしつこい。


もう一つ、もう少しとねばるのである。


まあ一つくらいと思ってコインの小さいのをつまんでやるとまだ手を出している。


そのうちいいかげんで振り切ってきてしまえばよいことを発見したが、それでもそのチップのことを考えると、できるだけタクシーには乗るまいと覚悟した。


フランス人

海外旅行できたフランス人たちは、彼らを例の物を見るような目つきでじっと見ている。


だれもやらない。


手を次の客に、これもやらない。


次から次へと、この無言の応酬はつづけられたが、何も起こらなかった。


これは、征服者と被征服者との永い間の冷たい関係を見る思いであった。


やがて男はバスの中から、何も言わないで降りていった。


バスの中には、夫婦らしき二人つれもいたし、親子つれもいたが、そのあとでだれも何も言わなかった。


まるで何もなかったかのように。


こうやって三、四日、このダカールに滞在した。

白人が黒人を見る目

白人が黒人を見る目は、物を見る目と同じである、と思った。


さて、その黒人ポーターにバッグを持たれて、いや持たせて、銀行の出張所の前に並んだ。


セネガルの通貨にかえるためにである。


こういうとき、概して飛行場のほうが換算率がいいので、当座の金はいつもかえておく。


市内へ入って、めんどうだからとホテルの中で交換したりすると、とたんにその率は悪くなる。


セネガルの通貨にかえたとき、そのポーターの目がじーっとこちらの手元、そして金を見つめていたのが、妙にそのとき気になった。


海外ツアーのフランス人たちと小さなバスに乗るため、表の出口へ向かった。


バッグ氏もいっしょについてくる。


バスでは客のバッグを屋根にのせる。


その屋根にいる男にバッグを渡すと、ポーターは私の目の前に手をにゅーっと突き出す。


コインを二つつまんでやる。


それでもまださし出している。


もう一つやる。


それでもまださし出している。


もう一つやる。


それでもまだ引っ込めない。


もう一つ、それでもまだだ。


こんどはぐっとにらんでみる。


やっと手を引っ込めた。


こんどは屋根の上の男だ。


客のバッグを全部屋根に積み上げると、さっとおりてきて、バスの中に入ってきて、腰をおろしている客に向かって手を突き出す。


ネガルの首都にて

海外旅行で行ったアフリカはセネガルの首都、ダカールへ着いたときはひどかった。


飛行場で、回転台から荷物が出てくるなり、ポーターらしいのが、さっと荷物をひったくるようにしてとりあげる。


こっちが手を出すもので、当たりをつけるのだ。


旅行者は、とりたくても自分のバッグが自分でとれないのだ。


初めての国だし、まあしかたがないやとあきらめるのはこの私だけではない。


このセネガルという国は、フランス領だっただけに、いまのように独立しても旅行者にはフランス人が多い。


そのフランス人たちは、ひょっとすると、さらわれたという意識すらないみたいに、彼らにバッグを渡したまま、淡々としている。


こういうときの白人が黒人を見る目は、一種独特である。


冷ややかでもなければ、無視もしない。


そうかといって親しげでもない。


ましてや話しかけたりはしない。


バッグを持ったというより、バッグが動いてそこにあるという考え方か。

英語で話しかけるほうが気が楽

海外に行くなら英語圏でなければ、英語で話しかけるほうが気が楽だ。


ひと言ふた言、「暑いね」とか、「寒いね」とか、「もう春だね」とか、当たりさわりのないことを言ってみる。


これに相づちを打ってくる感じで相手を観察すればいい。


もちろん、英語を彼が片言でも話せばのことだが。


でも一応、旅なれた、いつもこうやって旅をしてタクシーにも乗りなれた調子を出しといたほうがいい。


乗ったときからむーっと黙りこんでしまっては、だいいち乗っている間じゅうお互いに気詰まりだ。


国はちがっても運転手というものは屈託のない連中の多いもので、ちゃんとおしゃべりの相手になってくれるものだ。


スムーズにチェックインをする方法

海外旅行とはいえ、男たるもの、じっくりとタクシーの中で、うーんと腹に力を入れて、なるようになれ、と踏んばっているべきなのか。


いや、これではせっかくの旅も台なし、心地よくホテルへ到着、途中の心配もなし、スムーズにチェックインをする方法をお知らせしよう。


タクシーなりハイヤーは、それこそ初めての通りをなにげなく走っています。


こういうときのタクシーの運転手は、無関心であればあるほどいい。


というのは、妙に客に関心のあるそぶりの運転手は、あとで値段をふっかける恐れがあります。


いろいろなことを聞いてくる奴は特に危ない。


そういうときにはこっちから軽く声をかけてやって、ポンポンといなすのも一つの手だ。


ただし英語圏ではやりにくい。


彼らの英語に太刀打ちできれば、これはまた話は別だが、うっかり調子よく話しかけて、そのあとどうにも話がつながらないと、これもちょっといなすことにはならない。